昭和ノスタルジア 紫苑の独り言

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zoom RSS 一番古い記憶

<<   作成日時 : 2006/05/26 17:16   >>

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物心ついての記憶としては父に背負われて赤い提灯を持って何処か暗い道を行列していたことだった。後で知った所によるとあれは支那事変の南京陥落の時の提灯行列だったそうな。
すると母方の伯父さんはそのときはもう戦死していたのかしら?上海の上陸作戦のときに戦死してしまったらしいので南京には入城できなかったのかも。
思えば何で両親と7人の子持ちの(35歳のロートル)兵が召集されたのだろう
昭和12年7月に事変勃発9月応召10月戦死とか、あのころは現役終わったばかりの若ものが一杯いたろうに。誰が人選するのだろう。当時村では戦死弟1号か2号です。
陰気な行列が黙々歩いている覚えがあるが、それはおじさんの無言の凱旋を駅まで迎えに行った行列かもしれない。それからが子供7人とおいた両親と若き妻の労苦や如何ばかりか・・・
嗚呼 悲しき思い出かな。  母も祖母も話しては涙していた。

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